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陽朔県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
中華人民共和国 広西自治区 陽朔県
相公山から望む漓江とカルスト地形
相公山から望む漓江カルスト地形
相公山から望む漓江カルスト地形
広西チワン族自治区中の陽朔県の位置
広西チワン族自治区中の陽朔県の位置
広西チワン族自治区中の陽朔県の位置
簡体字 阳朔
繁体字 陽朔
拼音 Yángshuò
カタカナ転写 ヤンシュオ
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
自治区 広西
地級市 桂林市
行政級別
面積
総面積 1,428 km²
人口
総人口(2004) 31 万人
経済
電話番号 0773
郵便番号 541900
ナンバープレート 桂C
行政区画代碼 450321
公式ウェブサイト http://www.yangshuo.gov.cn/
桂林市中の陽朔県の位置

陽朔県(ようさく-けん)は中華人民共和国広西チワン族自治区桂林市に属する桂林盆地の南東端部に位置し[1]漓江西岸にある。カルスト地形による独特の自然景観など、優れた景観があり、呉邁の詩『桂林山水』に「陽朔堪称甲桂林」とうたわれている。

陽朔県には「中国旅遊名県」の異名がある。改革開放以来の対外開放の観光都市の第一陣として、その美しく独特の風景により多くの観光客を呼び、観光業は陽朔経済の支柱産業となった。

名所として、洋人街である西街、映画「劉三姐」の撮影が行われた大榕樹景区・月亮山・龍潭や、新しく開発された世外桃源風景区・胡蝶泉風景区などがある。

映画監督の張芸謀の指揮する大規模な山水を背景にした野外ショー「印象劉三姐」は山水を舞台とした中国初の野外ショーで、何度も改善を行いながら上演され、多くの観光客が訪れている。

また、漓江と碧蓮峰の下の摩崖石刻、徐悲鴻の旧居、孫中山北伐講演の場所など人文景観もある。

歴史[編集]

111年元鼎6年)、前漢により荊州零陵郡始安県を設置され、陽朔を管轄した。後漢になると始安侯国に改められた。

265年甘露元年)、三国時代により陽朔地区に尚安県熙平県が設置され、荊州始安郡の管轄とした。西晋泰始年間(265年 - 274年)、尚安県が廃止され、管轄地域は熙平県に編入され、始安郡の管轄とされた。

南朝梁(502年 - 557年)により熙平県は始安県に編入されたが、590年開皇10年)ににより始安県の県治が熙平から現在の陽朔鎮に移転し、県治が羊角山麓に置かれ、「羊角」と「陽朔」が同音であることより県名とされ陽朔県が成立した。

621年武徳4年)ににより陽朔県の一部に新たに帰義県(県治は白沙鎮旧県村)が設置されたが、627年貞観元年)に帰義県は陽朔県に統合され、現在まで沿襲された。

行政区画[編集]

6つの、3つのを管轄する。

区分 名称
6 陽朔鎮 白沙鎮 福利鎮 興坪鎮 葡萄鎮 高田鎮
3 金宝郷 普益郷 楊堤郷

交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『コンサイス地名辞典 外国編』、三省堂、1977年7月、P1082。

外部リンク[編集]

陽朔県政府所在地である陽朔鎮
中国地名の変遷
建置 590年
使用状況 陽朔県
前漢始安県
後漢始安侯国
三国尚安県・熙平県
西晋熙平県
東晋十六国熙平県
南北朝熙平県
廃止(南朝梁)
陽朔県(590年)
陽朔県・帰義県
陽朔県(627年)
五代陽朔県
北宋/陽朔県
南宋/陽朔県
陽朔県
陽朔県
陽朔県
中華民国陽朔県
現代陽朔県