Wikipedia:独立記事作成の目安
このページのノートに、このページに関する議論があります。(2023年8月) 議論の要約:「有意な言及」の誤訳、改善について |
この文書の要旨: もし対象とは無関係な信頼できる二次情報源から有意な言及があった場合、その話題は独立記事として作成、あるいは収録するだけの価値を有すると推定されます。 |
編集案内 |
---|
記事内容のルール |
記事を執筆する |
記事のスタイルのルール |
ウィキペディアに記事を作成する場合、取り扱う対象には、百科事典の記事として言及するにふさわしい価値が必要です。ウィキペディアでは、この価値を特筆性 (notability) と表現します。これは「名声」「重要性」「人気」といった言葉と似ていますが、いずれも特筆性と全く同じ意味を持つものではありません。特筆性とは、立項される対象がその対象と無関係な信頼できる情報源において有意に言及されている状態であることを意味します。
特筆性のあるなしは記事の出来とは関係がありません。特筆性のある対象は発明、発見、事象発生、新たな定義などによって日々産み出されており、記事として潜在的な価値を持ちますが、ウィキペディアの項目に既に書かれているとは限りません。誠実に探しても特筆性が見つかりそうもない対象は削除の対象となり得ますが、現在の記事において信頼できる二次情報源による出典が提示されていないとしても、それは特筆性がないということを必ずしも意味しません。
独立記事を新たに作成する場合、特筆性の立証をできれば立項の初期段階で行うことをお奨めします。特筆性の立証は、出典の明記と同じ方法でできます。独立記事の作成にあたっては、特筆性の存在を念頭に置いて行ってください。対象に特筆性がある、またはそれに近いにせよ、独立記事中に十分に反映されていない状態を特筆性が推定されると表現します。特筆性の立証は、いつでも、また初稿作成者以外でも可能です。ただし特筆性が推定されているだけの記事は、第三者に特筆性がないと誤解され、記事ごと削除されるリスクがあります。第三者の検索は誠実であったとしても、限界があるからです。そのようなリスクを避ける最も賢明な方法は、独立記事を作成した本人が、立項の初期の段階で特筆性を証明してしまうことです。
またある対象に特筆性が見つかった場合は、多くの場合ウィキペディアに記述できますが、ことごとく新規に独立記事を作成するだけが最良とは限りません。場合によっては既に記述されている、より包括的な項目内の情報として新たな節を設けるなど、記事の強化に役立てる方が良い場合もあります。
記事の削除を検討する場合に、その記事に特筆性がないと報告する場合は、説明責任が伴います。また特筆性があると証言する場合は、それがどの情報源であるかを提示してください。
本文書は、取り扱う対象が、独立記事としてウィキペディアに作成、収録するだけの価値、つまり特筆性を有するかどうかの目安を提供します。本文書を要約すると、後述の一般的な目安あるいは各分野での特筆性の基準を満たすならば、取り扱う対象は、独立記事として作成、収録するだけの価値を有すると推定される、となります。本文書は、記事として作成することが適切かどうかについて述べたものであり、記事の内容について直接には関係しません。記事の内容に関しては、Wikipedia:中立的な観点、Wikipedia:検証可能性、Wikipedia:独自研究は載せない、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか、Wikipedia:存命人物の伝記、Wikipedia:過剰な内容の整理などをご覧ください。
一般的な目安
もし対象と無関係な信頼できる情報源から有意な言及があった場合、その話題はウィキペディアの独立記事として作成、収録するだけの価値があると推定されます。以下に各々の語句の詳細を説明します。
対象と無関係な
「対象と無関係な」という条件は、例えば自己宣伝や広告、記事主題によって自主公表されたもの、自叙伝、プレスリリースなど、記事主題と、何かしらの提携・協力関係にある情報源を取り除く、ということを意味します。記事主題自身やそれと強く関係するものにより公表されたものは、それが世間で広く注目されていることを示しているとは考えられません。自己宣伝や自叙伝、製品紹介は百科事典的な記事を得るための手段になりえません。公表された著作物を書いた人は、記事について無関係な立場から書いている誰か他の人でなければなりません。
独立記事として作成、収録するだけの価値があるか否かを考えるための指標は、記事主題そのもの(あるいはメーカーや作者、著者、発明者や販売者)とは無関係な人たちが書いて公表した、「取るに足らない」ものではない著作物において、記事の主題を「取るに足らない」程度以上の言及をしているかどうかということです。そうでないと、単純に個人的なブログなどを使い、ウィキペディアの外で記事の対象について説明するだけで、独立記事となるだけの価値を簡単に与えることになってしまいます。このような情報源にのみ頼ることは、Wikipedia:信頼できる情報源の考え方にも反します。また、自己宣伝は明らかに中立的ではないですし、自主公表された情報源も、故意でなくとも偏ったものになっていることが多く、中立的な記事を作成するには、別の中立的な情報源の確保が必要です。そのような情報源の中立性に関する問題の議論は、Wikipedia:自分自身の記事をつくらないをご覧ください。
また、信頼できる情報源に掲載されていても、広告および広告欄などは独立記事として作成、収録するだけの価値があることを示す証拠にはならないでしょう。さらに、宣伝的でない自主公表された情報源であっても、それは世間一般で注目を集めたことを立証できないので、依然として特筆性の根拠にはなりえません。