物井工機は、日野市に本社を置く装置メーカーである。主力事業は環境関連で、リサイクル処理関係の様々な装置の製造・販売を行っている。同社は製品の差別化と業界の問題解決に向け、AIを導入することに踏み切った。AIを導入するチャレンジの対象はペットボトルの分別装置である。長年人手で行ってきたペットボトルの分別の自動化に、AIを利用しようというわけだ。そのAIによる判別部を開発したのがコンピュータマインドであり、両社を繋いだのがアヴネットである。

今回は株式会社物井工機 代表取締役社長 物井 敬幸氏と株式会社コンピュータマインド開発第2Gr.部長 岩間 裕久氏、アヴネット株式会社 ザイリンクス事業部 第PM2部 FAEの長内 和久氏に、このペットボトル自動分別システムの詳細を伺った。

  • ペットボトル分別のプラント例

    ペットボトル分別のプラント例

プロジェクトスタートの経緯

物井工機は、主にリサイクル関係機器の製造・販売を行っている会社である。しかし、同社には競合も多く、「従来行ってきた物理的な差別化に限界を感じており、ソフト的な付加価値としてAIを絡めた差別化を行いたい」(物井氏)という希望があった。

また同社の主力製品であるリサイクル処理向け装置は様々なリサイクルセンターなどで利用されているが、実はそのなかでペットボトルが邪魔もの扱いになっているのだという。その一方で「ペットボトルは、誰が見てもペットボトルとわかる」(物井氏)ということで、単一素材として集めることが容易という特徴もある。

ところが実際にリサイクルセンターでは、このペットボトルの分別が人手で行われているのが現状である。厄介なのは、自治体によってはペットボトルをリサイクルゴミとしてまとめて収集することが多くなっており、余計に分別が難しくなることだ。加えて昨今では、この分別を行う人手がなかなか集まらないという問題があり、もしペットボトルの分別を自動で行うことができれば、この問題の解決にもつながる。そこで「AIを絡めたモノづくり」のターゲットとして、2018年ごろから、このペットボトルの自動分別にチャレンジすることになったのだ。

ただチャレンジする、といっても同社にはAIに関する知見はなかった。最初は画像判定を利用することを考え、カメラメーカーやイメージセンサーメーカーに相談したものの、結果は芳しくなかったという。

  • 株式会社物井工機 代表取締役社長 物井 敬幸 氏

    株式会社物井工機
    代表取締役社長
    物井 敬幸 氏

そこで2020年頃から、今度はAI系のシステムを提供する開発会社と相談を始めるが、条件が合わなかった。物井工機にとってペットボトルの自動判別はあくまでも最初の取り掛かりであって、今後はそれを幅広く応用していくことを考えており、ペットボトルの自動判別装置で完結させることを望む開発会社とのギャップが埋まらなかったそうだ。そこで昔からの付き合いがあるコンサルタントに相談したところアヴネットを紹介され、アヴネットがコンピュータマインドを紹介し、今回のコラボレーションが実現した。

一方のコンピュータマインドは、DeepEyeという手軽にDeep Learningを導入するための製品を扱っており、同製品を用いて作成したAIモデルの連携先としてFPGAを検討していたことから、アヴネットとの関係があった。ただ「それ以前からアヴネット様とは『協業したいですね』という話はさせていただいていた」(岩間氏)という。コンピュータマインドにとっても、今回の話は良い機会だったのだ。

  • 株式会社コンピュータマインド 開発第2Gr.部長 岩間 裕久 氏

    株式会社コンピュータマインド
    開発第2Gr.部長
    岩間 裕久 氏

「弊社の方で物井工機様に何度かヒアリングさせて頂いて、これならコンピュータマインド様のソリューションがちょうど合いそうだと思いました。また、弊社で取り扱っている製品ともうまくマッチすると感じたので今回の形での提案をさせていただきました」(長内氏)このような経緯があり、 3社での共同開発がスタートした。

  • アヴネット株式会社 ザイリンクス事業部 第PM2部 FAE 長内 和久 氏

    アヴネット株式会社
    ザイリンクス事業部 第PM2部 FAE
    長内 和久 氏

ペットボトル自動判別システム

コンピュータマインドのDeepEyeは、ハードウェアとしてはGPU搭載のタワーPCであるが、そこに同じDeepEyeという名前のソフトが搭載されており、パッケージとして扱っている。

これは何かというと「お客様がご自分で学習を行い、パラメータ調整などを行って最終的にご自分のモデルを作るためのもの」(岩間氏)である。顧客が自分でモデルを作れるということは、今後別のターゲットを狙う場合にも、その学習を行ったりパラメータ調整を顧客が行ったりすることで、展開させられるということだ。こうした特徴は、まずはペットボトルをターゲットとしつつも、今後はさらに広範な用途向けに展開していきたいという物井工機のニーズとぴったりマッチすることになる。

実際の作業としては、まずDeepEyeの導入後に、コンピュータマインドの方でサポートを行いつつ物井工機自身にモデルを構築してもらって進めたという。ただ、そこでモデルを作ったところで、それを実際の装置にどう繋げるかはまた別の話だ。カメラを搭載して、実際にラインの映像を取り込むためのアプリケーションであるとか、判断結果を示すアプリケーションなども必要になる。またそもそも装置と連動させるためにPLCを利用するが、そのPLC側の制御プログラムも必要となる。これはコンピュータマインドからシステムとして納入している。この実際に装置と繋がる部分は、アヴネットから産業用の小型PCを納入しており、ここの上で推論エンジンとPLCに接続して実際に分別作業を行う部分を稼働させた。

この産業用PCはAxiomtek社の小型PCで、供給が10年以上の長期に渡って提供されることが保証されているモデルである。また産業向けということで頑丈なことも特徴である。そこに、推論エンジンとしてXilinxのAlveo U50を内蔵させている。こちらも低消費電力かつ堅牢なことが特徴とされる。このAlveo U50の上に、MipsologyのZebraという推論エンジンを載せ、DeepEyeで構築したモデルを稼働させる形になっている。

GPUカードではなくFPGA+Zebraという構成を取った理由は「消費電力が低く、堅牢で長期供給が可能という側面も勿論あるのですが、GPUカードは丁度過渡期ということもあってそろそろ供給に問題が出てくるのと、連続長期運用を考えると難しいという話もあり、今回の様な目的にはむしろFPGAベースの方がマッチすると考えました」(長内氏)とのことだ。

幸いだったのは、「弊社は装置メーカー様と協業した事例も多く、PLCの接続なども実績がありました」(岩間氏)ということで、推論の結果をPLCに送り込むところまでがスムーズに実装できたことである。

また「ざっくばらんに、たとえばソフトウェア的にこの処理は対応コストが大きくなるというと、ではそれは装置の側で対応しようという具合に一緒にモノを作るという感覚でやらせて頂けました」(岩間氏)というように、物井工機とのコミュニケーションが良好であったことも成功に貢献した秘訣といえる。

  • ハードウェアそのものはCore i7+GeForce RTX 2080Tiというもので、OSはUbuntu 18.0.4 LTSという、一般的な構成である。異なるのは、DeepEyeというソフトウェアそのものである

    ハードウェアそのものはCore i7+GeForce RTX 2080Tiというもので、OSはUbuntu 18.0.4 LTSという、一般的な構成である。異なるのは、DeepEyeというソフトウェアそのものである

開発の実際

開発期間は、2021年7月頃にDeepEyeを動かし始め、ペットボトルの検出が可能なモデルの構築に目途が立ったのが3~4か月後。そこから必要なソフトウェアの作り込みを開始して、半年程度で終わったという。PoCが3~4か月、作り込みが半年というのは、機械への接続までに必要なシステムとしてはかなり短い方である。

もっとも、実は現時点で「AIに絡むところは完成したのですが、実は装置としては完成していません」(物井氏)とのことだ。当初は今年5月に環境に関する展示会があり、そこに出展する予定だったそうなのだが、昨年から今年にかけて半導体だけでなくその他の素材や機械類の入手難や納期延長が深刻になった影響で間に合わなかったようである。現在は来年の展示会に向けて完成を急いでいるそうだ。

ところで、気になる処理速度である。このペットボトルの分別、人手で行った場合の目安は「1人で1時間あたり200Kg程度、本数でいえばざっくり3500本ほど」(物井氏)だそうで、ほぼ1秒間に1本を分別する計算になる。

今回のシステムは、ちょうどこの1人分の作業に相当する処理性能が目標である。現実問題として、Alveo U50を利用した場合の推論に要する時間は60ms程度。その判断結果を基に、PLC経由で装置に分別の処理指示を送るまでの処理は200ms程度となっており、要求性能に対して十分な性能が確保できているということであった。

もちろん、それなりに苦労はあったそうだ。「単純にカメラで綺麗に撮影できる環境で推論を掛ければ当然ある程度の精度は出ますが、照明が不十分な実際の処理施設で精度を上げるにはどうするか、あるいはペットボトルに照明を当てると光が反射するのでその対処とか、ビニールなどもやはり光を当てると反射するので、それをどう排除するかなどは物井工機様と一緒に取り組んで解決しました」(岩間氏)ということで、最後の1か月は現地でプログラムの手直しなども必要だったそうだ。

これはPCやFPGAボードを提供したアヴネットにとっても同じで、これまででいえば物井工機にあたる企業が最終納品先となるケースが多く、今回のようにその先にエンドユーザーがあり、しかもそのエンドユーザーの環境が様々であるケースはあまりなかったという。

また、これまでもPC+FPGAでの提案は行って来たものの、お客様のところで学習まで行うというケースはそこまでなく、コンピュータマインドと共同でソリューションを提供する提案となったのはアヴネットとしてもめずらしいことだったそうだ。ただ今回のプロジェクトで、そうした知見を得ることができたことで、今後のソリューション提案の幅が広がと考えているそうだ。

今後の展望

物井工機としては、冒頭にも説明したように、ペットボトル分別は最初の一歩であり、今後これをもっとほかの用途にも広めていきたいとのことであった。特にリサイクル工場では火災事故が絶えないが、これはゴミ捨ての際の間違った分別が理由であり、「AIを利用してもっと分別を正確かつ高速に行ってリサイクル効率を高めることは、日本だけでなく世界中にニーズのある話であり、これに向けて努力していきたい」(物井氏)と語る。

コンピュータマインドとしては、もちろんDeepEyeの導入事例をひとつ増やせたという実績もあるが、AIだけでなくカメラ制御やPLC制御など足回りまですべてをワンストップで提供した実績を積み重ねたともいえる。「今後もこうしたAI以外の要件が多いシステムに対して、ワンストップでソリューションを提供していきたい」(岩間氏)とする。

これはアヴネットも同じであり、これまでは半導体商社として部品を提供するのが主であったが、「今後はこのシステムの様にパートナー企業と協力してソリューションを提供していくビジネスにも本腰を入れていきたい」(長内氏)とのことであった。

  • 集合写真

今後も、物井工機、コンピュータマインド、アヴネットの提供するソリューションに期待していきたい。

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