ビットコインの価格急騰と、新たな熱狂の裏側にあるもの

ビットコインの価格が過去最高値を更新し続けている。そして新たな熱狂が広がるにつれ、その価格を動かす要因をめぐる神話や誤解も広がっている。
The bitcoing perched on a high rock over the sea.
PHOTO-ILLUSTRATION: ANJALI NAIR; GETTY IMAGES

ビットコインのブームが帰ってきた。この暗号資産(暗号通貨、仮想通貨)の価格は3月5日に史上最高値にまで膨れ上がり、その後も上昇を続けている。ビットコインは2024年、ほかのどの資産よりも大きなリターンを投資家にもたらした。一方で熱狂が新たに広がるにつれ、その価格を動かす要因をめぐる神話や誤解も広がっている。

ビットコインの価格は2月だけで70%近くも上昇した。この急騰に対して暗号資産業界は、これまで好況と不況を繰り返してきたサイクルを踏まえ、必然的に訪れるべき好況がやってきたと歓迎している。

暗号資産の信者たちの間では、「number go up(数字は上がる)」や「it’s just math(数学的に考えれば当然)」といったフレーズが冗談めいた呪文のごとく、皮肉たっぷりの“侮辱”として長らく使われてきた。しかし、このフレーズはビットコインのシステムにまつわる経済構造(ビットコインのソースコードでは2,100万枚というコインの発行上限枚数と発行スケジュールが決められており変更できない)が、時間の経過とともに価格の上昇を必然的に引き起こすという強硬派の信念を表している。希少性が資産価値の低下を引き起こす従来型貨幣の狂乱のようなインフレや、世界中の政府が抱える持続不可能なレベルの負債に対抗する手段だと考えられているのだ。

ビットコインは現在、1ビットコインが72,000ドル(約1,100万円)以上で取り引きされている。ビットコイン関連のテクノロジー企業であるJAN3の最高経営責任者(CEO)のサムソン・モウのようなビットコインを擁護する人々は、その価値が近い将来には100万ドル(約1億5,000万円)にまで達するだろうと予想している。「従来の通貨システムは根本的に崩壊しています」と、モウは11月に取材した際に語っていた。

しかし、このような歓喜や予想的中を吹聴する風潮は、暗号資産に価格をつけるとはどういう意味なのかという難しい問題をかき消してしまう。ジョージタウン大学で金融市場を専門とする経済学者のジェームズ・エンジェルは、ビットコインは従来の評価方法に反することから、この問題は見かけによらず難解であると指摘する。

ビットコインについては、その実績を分析できる企業が存在しない。ビットコインは収益を生まないし、決済や二次的な目的に広く使われているわけでもない。政府によって発行されるものではないし、簡単に比較することはできない。しかし、エンジェルによると、ひとつだけ確かなことがあるという。「供給が限られているからといって、無限の価値があるわけではありません」

「供給が限られていること」の意味

ビットコインは2008年、世界的な金融危機をきっかけに登場した。世界経済の管理者に対する不満と、無謀な金融方針でその金融危機の土台をつくった大手銀行や金融機関の行動に対する不満から生まれたのだ。

この新しい形態の“電子マネー”は、中央銀行から金融政策(貨幣が流通したり市場から排除されたりする仕組み)を管理する権利を剥奪するよう設計されており、供給量と新しいコインの発行スケジュールに厳しい制限を課すものだった。

ビットコインの生みの親であるサトシ・ナカモトは2009年、「従来の通貨が抱える根本的な問題は、それを機能させるために信用を必要とする点だ」と、オンライン掲示板に投稿している。そして「通貨価値の下落を防ぐには中央銀行への信用が不可欠だが、法定通貨の歴史を振り返ると、信用破綻の事例は枚挙にいとまがない」と主張している。

正体不明のサトシ・ナカモトと初期の協力者たちは、ビットコインが世界的に認知された通貨としての足場を築くことができれば、銀行や国の政策によって貯蓄の価値が目減りする憂き目にあう人はいなくなる──と期待した。

ビットコインが出現したことで、この新しいタイプの資産に価値を割り当てるという厄介な問題に焦点を当てた学術文献が数多く発表されることになった。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの経済学者であるシルヴィア・ダル・ビアンコは、ビットコインが簡単に定義できるものではないことが問題だと指摘する。ビットコインの価値の分析は、ある程度は「ビットコインの定義次第です」と、ダル・ビアンコは主張している。

現在までのところ、ビットコインは商品やサービスを購入する方法としては広く採用されていない。このため、ビットコインの価格が上昇すると考えるビットコイン支持者は、金(ゴールド)と同等のデジタル商品、つまり供給が限られていることで所有者がインフレや一般的な経済的惨事を回避できる商品としての可能性を強調する傾向がある。

その主張には、それなりにメリットがあるかもしれない。しかし、ソーシャルメディアの誇大宣伝は、ビットコインに内在するデフレ的な性質のニュアンスを「ビットコインの供給量は限られているので価格は上昇する」と、おおまかにまとめることが多い。それが「数字は上がる」という哲学の根拠になっているのだ。

ところが、ビットコインの固定供給量はとっくの昔に織り込み済みだと、経済学者のエンジェルは主張する。「適切に機能している市場なら、“誰もがすでに知っていること”は現在の価格に織り込み済みのはずです」

ビットコインの供給力学にまつわる誤解

ビットコインの供給力学に関する顕著な誤解は、「半減期」(流通に放出される新規のビットコインの量が約4年ごとに半分になる)と呼ばれるプロセスにより、その価格が確実に上昇するというものだ。次の半減期は4月に予定されており、さらに価格が上昇するのではないかという憶測が広がっている

しかし、これまで半減期のたびに価格が上昇してきたという事実は、ビットコインのシステムのいかなる経済メカニズムよりも、投機における自己成就的な予言の影響力が大きいのだと、経済学者のエンジェルは主張する。

ビットコインにおけるファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に最も近いものは、新規コインの生産コストであると、経済学者のダル・ビアンコは考えている。金の価格が地中から金鉱石を掘り出すコストとある程度は連動しているように、ビットコインの価格は新しいビットコインの採掘に関連するハードウェアとエネルギーのコストを少なくとも大まかには反映するはずだ。

ところがビットコインのシステムにおいては、ビットコインはこの評価方法に抵抗するように設計されている。新たな供給が安定した速度で実行されるようにするために、採掘者間の競争レベルが高まるにつれてビットコインの生産に必要な計算量は増加し、したがってコストが高くなるのだ。

逆もまた然りである。ビットコインの価格が上昇すれば、より多くの採掘者が参加するようになり、全体的なコストが上昇する。したがって、サトシ・ナカモトが2010年にオンライン掲示板に投稿したように、ビットコインでは「生産コストが価格を左右するよりも、価格が生産コストを左右する」というわけだ。

測定可能なファンダメンタルズや現実世界の実用性から切り離されたビットコインの価格の変動は、価格が上昇するか下落するかという人々の間に共通する考えを反映しているにすぎない。「人々がビットコインについてどう考えているか、つまり“アニマル・スピリット”[編註:ケインズが用いた経済学用語で、人間の非合理的な行動を指す]次第なのです」と、ダル・ビアンコは説明する。

この心理的傾向は暗号資産に限ったことではない。投資家たちは2021年、いわゆるミーム銘柄に熱狂して株価高騰を引き起こした。買い手はその企業の将来性に賭けるわけではなく、株の価格のさらなる上昇だけに賭けたのだ。

最近のビットコイン価格の高騰は、ビットコインをめぐる騒ぎを増大させ、さらに多くの投機家を引き込み、「自己強化サイクル」をつくり出していると、ダル・ビアンコは指摘する。同じように、さらなる価格上昇の見通しに対する集団的信頼が揺らぐと、結果的に急激な下降が起こりうるという。このような状況では、需要はその形成と同じくらい急速に消滅する可能性がある。

こうしたなか、資産運用会社であるSimplifyのチーフ・ストラテジストであるマイケル・グリーンが3月3日、ポッドキャスト「What Bitcoin Did」のホストであるピーター・マコーマックと賭けをした。ふたりが賭けたのはビットコインの価格である。グリーンはビットコインの価格が年末までに10万ドル(約1,500万円)に達しないことに20,000ドル(約300万円)を賭けたのだ。その逆にマコーマックは、10万ドル(約1,500万円)を賭けている。

グリーンによると、ビットコインの伝道者たちが教義として提示する経済理論の弱点を浮き彫りにしたいという願望が、この賭けの動機のひとつだったという。そして、ビットコインが「最終的には未来の通貨になるように設計された価値の保存手段」として一般投資家に売られていることを問題視し、「経済的に非常にナンセンスだと思う」と主張している。

ビットコインの供給量は、人々が回復不可能なウォレットへのアクセスを失うにつれ、時間の経過とともに確実に減少していく。このため、借り入れコストは最終的にはほとんど誰も支払えないレベルまで上昇することになり、ビットコインは信用制度を支えることはできないのだと、グリーンは主張している。

価格高騰の起爆剤になったこと

米国の規制当局は今年1月、ビットコイン上場投資信託(ETF)の第1弾を承認した。これにより人々は、通常の株式と同じように証券会社を通じて暗号資産に投資できるようになった。ビットコインETFの登場は、これまで暗号資産取引所との取引や、暗号資産を自ら手動で保管するリスクを負うことをしたくなかった、またはできなかった投資家(機関投資家と一般投資家の両方)の間でたまりにたまっていた需要の波を解き放ち、最近の価格高騰の起爆剤になったとされている。

グリーンによると、新たにビットコインETFを承認することで、規制当局はビットコインETFが新たな収入源となる金融機関に対し、「需要を喚起するためのマーケティングに多額の資金を投じる」よう奨励し、結果的にビットコインの論理の欠陥の強調を妨げたという。

ビットコインの将来性に対する信念は宗教的になってしまっていると、グリーンは考えている。そして、ビットコインのシステムに組み込まれているいかなる経済メカニズムよりも、その布教への熱意のほうがビットコインの価格に影響を与える可能性が高いと主張する。

たとえマコーマックが賭けに負けたとしても、それは有益なマーケティング費用として計上される可能性があると、グリーンは言う。だが、マコーマックは取材に対し、グリーンとの賭けはマーケティングを目的とした演出ではなかったと語っている。「グリーンの間違いを証明するために賭けをしたのです」というのが、マコーマックの主張だ。

ビットコインの価格に対する熱狂的な伝道活動の影響で、ビットコインというシステムの将来性について誠実に議論する機会が制限されていると、経済学者のエンジェルは主張する。

「いったんその福音を受け入れると強力な金銭的インセンティブが働き、ビットコインが最も素晴らしいものだと世界に説きすすめたくなるのです」と、エンジェルは言う。「マーケティング分野にノーベル賞があるとしたら、それはサトシ・ナカモトに与えられるべきでしょう」

ビットコインの最大の推進者たちも、このダイナミズムを受け入れている。「ビットコインの価格上昇は宣伝になります」と、ビットコイン関連のテクノロジー企業であるJAN3のモウは言う。

投資家は一攫千金を夢見て買い求め、自ら“ウサギの穴”に落ちて超現実的な世界に足を踏み入れる。そして、ビットコインの福音を広める新世代の信者たちを生み出すのだ。

Originally published on wired.com/Edit by Daisuke Takimoto)

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