その男は「サトシ・ナカモトではない」との判決、ビットコインの生みの親をめぐる論争に終止符

ビットコインの発明者「サトシ・ナカモト」を自称してきたコンピューター科学者のクレイグ・ライトについて、英国の高等法院は「サトシ・ナカモトではない」との判決を下した。裁判は異例のスピードで結審したが、ライトにはさらに大きな問題が待ち構えている。
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2024年2月5日、ロンドンの高等法院に到着したクレイグ・ライト。Photo-illustration: Charis Morgan; Getty Images

オーストラリアのコンピューター科学者であるクレイグ・ライトは、ビットコインの生みの親である「サトシ・ナカモト」ではない──。このような結論を英国の高等法院の判事が出し、長年にわたる論争に終止符が打たれた。

「証拠は圧倒的なものです」と、ジェームズ・メラー判事は判決の口火を切った。「第1に、ライト博士はビットコインのホワイトペーパーの著者ではない。第2に、ライト博士は2008年から11年にかけて『サトシ・ナカモト』というペンネームを使用した人物ではない。第3に、ライト博士はビットコインのシステムを生み出した人物ではない。そして第4に、彼はビットコインのソフトウェアの初期バージョンの作者ではない」

この判決により、約6週間にわたる裁判は幕を閉じた。この裁判は暗号資産(暗号通貨、仮想通貨)に関連するテクノロジー企業による非営利コンソーシアム「Cryptocurrency Open Patent Alliance(COPA)」を原告としたもので、COPAはライトが自らが「サトシ・ナカモト」であるとの証拠を捏造し、新たな矛盾が明らかになるにつれ何度も話をゆがめてきたとして、ライトが「サトシ」ではない宣言するよう裁判所に求めていたのだ。

「この注目すべき裁判で示されたあらゆる証拠を考慮すると、クレイグ・ライトが『サトシ・ナカモト』ではないことには疑いの余地がありません」と、COPAの代理人である弁護士のジョナサン・ハフは3月12日の最終弁論で主張していた。「ライトは嘘をつき、嘘を重ね、嘘をつき続けたのです」

ライトは自分がビットコインの生みの親であると過去5年間にわたって主張してきた。そしてビットコイン関連の開発者をはじめとする関係者が知的財産権を侵害していると非難し、複数の訴訟を起こしてきたのだ。

今回の判決を経てCOPAは、この主張をライトが続けることを阻止すべく、差し止め請求を検討している。「わたしたちはライト博士が再び自分が『サトシ・ナカモト』であると主張することを差し止めるよう求めています。そうすることで、さらなる訴訟が連発される恐ろしい事態を回避できるのです」と、COPAの広報担当者は語る。この広報担当者はライトからの法的な報復を恐れ、匿名でコメントした。

ライトに求められる具体的な調査結果や救済措置の詳細が記された正式な判決文が発表されるまで、訴訟の当事者は1カ月以上にわたって待つことになる。判決文は「準備ができ次第の発表となり、それ以前には発表されません」と、判事のメラーは説明している。

次々に指摘された“嘘”と矛盾の証拠

今回の判決が出るまで、裁判は注目されることなく“地味”に終わるようにも思えた。最初の週には満員だった法廷も、最後には半分しか埋まらなかったのである。待合室で自らを「サトシ・ナカモト」と名乗っていた傍聴人もいたが、この人物は一般の傍聴席でうつむいて居眠りをしていた。そして法廷にはライト本人の姿さえなかったのである。

6時間半に及んだ判決においてCOPAの代理人のハフは、ライトによる偽造疑惑の範囲と程度、そしてビットコインの起源に関する彼の話の矛盾点を明らかにした。そしてライトが「サトシ・ナカモト」であるという主張の明確な証拠を提出しなかったこと、ビットコインの起源を語る際に矛盾があったことなどを指摘した。

さらにCOPA側は要点を説明すべく、「偽造」であるとする具体的な事例をいくつか挙げた。なかには、ライトが裁判の過程で実行したとされる偽造行為も含まれている。ライトが以前の証拠の矛盾を覆すために、自分と以前の弁護人との間のメールを捏造したとされるものだ。

証人席に立ったライトは、このメールが「自分をおとしめようとする第三者によるなりすまし」であると主張した。しかし、COPAの代理人のハフはこの説明について、「茶番」であると一蹴したのである。そして今回の事件についてハフは、「ライト博士が嘘をつき、その嘘を裏付ける文書を偽造し、さらに隠蔽した内容を裏付けるべくさらに突飛な嘘を付け加えようとする用意周到さを物語っています」と指摘した。

こうした「偽造」に関するCOPA側の主張は、COPAが指名した文書鑑定の専門家がまとめた一連の報告書に基づいている。この専門家がライトの主張の根拠となるさまざまな資料を分析した結果、報告書では偽造や改ざんの疑惑が数百件に及び、少なからぬ証拠が確認されている。そして、ライト側が推薦した2人の専門家によっても、ほぼ裏付けられた。

最終弁論においてCOPA側の代理人であるハフは、ライトが自分のことを支持する専門家を証人尋問に呼ばなかった点についても強調している。つまり、ライトにとって不利な証言は、法廷において額面通りに受け止められなければならない、というわけだ。

さらにハフは、「サトシ・ナカモト」と初期の共同研究者との間で交わされていた未公表のやりとりにも焦点を当てている。ライトの話には明らかな矛盾があるというのだ。

例えばライトは、ビットコインについてクリプトグラファーであるウェイ・ダイの研究に大きな影響を受けたと主張している。COPAの主張によると、「サトシ・ナカモト」がダイのことを知ったのは、ビットコインのホワイトペーパーを起草した後だったという。

また、ライトはビットコインを「cryptocurrency(暗号通貨)」と表現すべきではないと以前から主張していた。これに対してCOPA側によると、この言葉を「サトシ・ナカモト」が受け入れていたことをメールが示しているという。

これらの点を踏まえ、COPAの弁護人であるハフはライトの説明について「不誠実な主張に満ちており、確信をもってつくり話とみなすことができる」と主張した。

ライト側が申し立てた「疑義」の中身

これに対して証人席に立ったライトは、COPA側の文書鑑定の専門家の独立性と客観性について、繰り返し疑義を申し立てていた。

ライトの弁護人であるアンソニー・グラビナーは最終弁論において、COPA側の専門家が提出した報告書の作成方法が「異例である」としたうえで、裁判官はすべての証拠を無視すべきだと主張した。具体的には、COPA側の代理人が非常に異例な手法で報告書の作成を支援していていたと指摘し、これにより文書鑑定の専門家が「チームの一員」となって独立性が損なわれたと主張したのである。

これに対してCOPA側は、専門家による鑑定に問題があるとの考えを否定した。COPAの代理人であるハフは、専門家の信頼性に対する攻撃について、明らかに「ボールをきちんと攻撃できないから相手を攻撃する[編註:議論そのものではなく、相手や人格を攻撃することで異議を唱えることの比喩]」ような行為であると主張したのだ。

また、ライトの弁護人であるグラビナーは、ライトがビットコインの基盤ソフトウェアの初期開発者であるギャヴィン・アンドレセンや「ビットコイン財団」の創設者のひとりであるジョン・マトニスを(ライトが「サトシ・ナカモト」であると)“説得”できたという2016年の一連の個人的なやりとりについて焦点を当てた。さらに、この際の「サトシ・ナカモト」が絡む既知の取引に関連するプライベートな情報を保有している点にも触れた。

その後、アンドレセンはライトの主張を支持するという考えをブログの投稿で撤回したが、グラビナーは署名付きのセッションについて「ライト博士の裁判における重要な点」であるとした。そして、COPA側が署名付きのセッションについて「ライト博士によって修正されたか何らかの悪意によって毀損された」と反論していると指摘したうえで、「専門家の証拠は署名付きのセッションが毀損されたという理論的な可能性にのみ憶測をもって焦点を当てたもの」と主張した。

グラビナーは、COPA側が求める具体的な措置に対して判決文に記される所見以上に反論するために、最終的な発言を留保している。そしてグラビナーはさまざまな判例や細かな法解釈を駆使しながら、「ライトがサトシ・ナカモトではない」という正式な判決に対し、「純粋に学術的」な論点から異議を唱えた。

さらにグラビナーは、ライトが自分を「サトシ・ナカモト」であると主張することを差し止める要求にも異議を唱えている。裁判所の判断とは関係なく、ライトは「自分が誰であると信じるかを誰に対しても自由に話せる」はずだというのだ。

これからはライトにとって、落ち着かない日々が始まることになる。自身の評判や他の訴訟の原告適格より、もっと大きな問題があるのだ。

COPAは最終的な提出書類において、証拠の偽造について英国の刑事裁判所で争うよう申し立てた。「自身が“サトシ”であるという不誠実な主張を持ち出し、それを膨大な数の偽造書類で裏付けることで、ライトは裁判所を欺いた」と、COPA側の弁護人であるハフは判事に主張している。もし最終的に有罪が確定すれば、ライトは罰金か禁固刑、あるいはその両方を科される可能性がある。

Originally published on wired.com/Translation by Daisuke Takimoto)

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